年末年始休館のお知らせ

当館は、下記の通り年末年始休館をいたします。

◇日程:平成26年12月26日(金)~平成27年1月4日(日)

平成27年1月5日(月)からは通常通りの開館となります。ご迷惑をお掛けし誠に申し訳ございませんが、ご了承いただきますようお願い申し上げます。

花と静物画展

 

花と静物画展チラシ

12月11日(木)より絵画企画展『花と静物画展』を開催いたします。

『花と静物画展』

当館収蔵作品の中から、花と静物を描いた作品を展示。自ら動くことのない物をじっくり見つめ、対話するかのように描かれた静物画には、画家の心の有り様までも写し出されているのかもしれません。身近にある花や物を、画家の目を通して多彩な表現で描いた静物画の魅力をご堪能下さい。

【開催期間】平成26年12月11日(木)~平成27年4月20日(月)
【休館日】水曜日
※平成26年12月16日(金 )~平成27日1月4日(日)は年末年始休館となります

鹿児島陶芸家協会展2014

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鹿児島陶芸家協会より作品展のご案内をいただきました。
鹿児島県内の陶芸家が会派や組織、作陶分野の枠を超えて2010年に発足した団体です。
県内の様々な陶芸作家の作品を一同に見ることのできる機会ですので
ぜひ会場へ足を運んでみてはいかがでしょうか。
会期中は14時~作家によるギャラリートークも開催されるそうです。

会 期:11月3日(月)まで(最終日は16時まで)
会 場:鹿児島県歴史資料センター黎明館2階 第三特別展示室
入場料:無料

寺尾作次郎展

寺尾作次郎展チラシ小

本日より「寺尾作次郎展」を開催しております。

作品の制作のみならず、鹿児島県工業試験場における薩摩焼の研究など 鹿児島の陶芸界に大きな功績を残した寺尾作次郎氏。逝去されて30年という節目の今年,当館所蔵の作品を全て展示致します。

【 寺尾作次郎(てらおさくじろう)】
明治31年福岡県生まれ。和田三造,河井寛次郎に師事。
陶芸で個展を開く一方,染色で商工展で連続受賞し無鑑査となり,
紀元2600年奉祝美術展覧会(日展)では染色招待出品する。
昭和15年より鹿児島県工業試験場窯業部長に迎えられ、薩摩焼の研究と振興に尽くす。
鹿児島県文化財専門委員や鹿児島美術協会副会長,南日本美術展審査員を歴任し,鹿児島の陶芸界の発展に尽力され、勲五等瑞宝章,南日本文科賞を受賞。
三重県四日市市カク本輸出製陶株式会社の技術部長を務めた後,
昭和43年に鹿児島市紫原に工房を開き晩年まで制作に打ち込む。
伝統を踏まえながら現代的な感覚の親しみやすい作品を多く手がけた。

会期:平成26年10月30日(木)~平成27年3月24日(火)
会場:1階焼き物展示室(一部)と2階絵画展示室(一部)

*会期中 一部展示替えをいたします。

臨時休業のお知らせ ―カフェ・トワメゾン―

明日10月26日(日)は、スタッフ研修の為、カフェ・トワメゾンの営業をお休みさせていただきます。ご迷惑をお掛けし誠に申し訳ございませんが、ご了承下さいますようお願い申し上げます。

尚、ベーカリー・トワメゾンは定休日につき休業となります。 三宅美術館は通常通り開館いたします。

台風接近による臨時休館のお知らせ

10月13日(月・祝)は台風接近による天候不良の為、臨時休館とさせていただきます。

ご迷惑をお掛けいたしますがご理解、ご了承いただきますようお願いいたします。

臨時休館のお知らせ

本日は台風18号接近による天候不良のため
臨時休館とさせていただきます。
ご迷惑をおかけいたしますが、ご了承のほど
よろしくお願いもうしあげます。

秋の常設展

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「馬の絵画展」を諸事情につき少し早めに切り上げて
ただいま「秋の常設展」を開催中です。

久しぶりに収蔵庫から出してみた作品や
額装をし直してお色直しした作品など24点を展示しています。

カフェトワメゾンのバイキングランチも好評です。
ぜひ併せて足をお運びください。

【おしらせ】
通常常設展示しております海老原喜之助の「男の顔」「スケート」等は貸出中のため展示しておりません。ご了承ください。

疱瘡の神様「大和さぁ」勧請の碑

以前 谷山の清泉寺跡に,ここで自害した垂水島津家の島津久章の五輪塔の墓があり,
地元では「大和さぁ」とよばれ疱瘡の神様として親しまれている,とご紹介しました。
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なぜ久章公が疱瘡の神様として評判になったのか
南日本新聞(昭和38年4月8日付)に記載されていました。
「久章は1.8m近い大兵で、力も強かった。いい伝えによると、幼少のころ疱瘡を患い
顔一面のあばたで容姿怪異、見るからにどうもうな顔つきで、
久章の名を聞いただけで泣く子もだまるとさえいわれ、
お世辞にも色男という顔ではなかった。-省略-
そのことが後年大和さんにお参りすると疱瘡にかからない、
またかかっても軽いといわれ、南薩で非常に評判になって
“ほそん神さぁ”とあがめるようになった。」のだそうです。

この疱瘡の神様「大和さぁ」の評判は遠く指宿まで届いていたようで
「今和泉郷岩本村に大和神社があり、祭神は島津大和守久章で疱瘡の祈願に霊験がある
とされている。同神社の境内に「府学助教宮下希賢、明和九年重建、岩本村大和大明神」 と石碑に漢文で詳しくしるされている。」(谷山市誌)とのこと。

また,
「天明年中、全国的に疱瘡が流行、人々は大いに困った。そのころ指宿市今和泉町では
「なんとかこの厄病からまぬがれよう」と、谷山の大和さんを同町□□神社の境内に
勧請したところ、非常にご利やくがあったと伝えられ、いまのその石碑が残っている」(南日本新聞 昭和38年4月8日付)とあるので
今も残っているのでは,と探してみることにしました。

大和さぁが勧請された大和大明神祠は三国名勝図会によると
「領主館より辰の方九町余、岩本村にあり祭神 公室支族島津大和久章の霊を崇む」
とありますが、すでに大和大明神は現存していないので,
地元の方にお話を伺いながら探しました。
(ご協力いただきありがとうございました)

すると,現在 大和さぁ勧請の石碑は,豊玉姫神社の境内にありました。1759

社殿の裏の方にひっそりと建っています。
豊玉
1770
碑文は正面と後ろはかなり風化していましたが,左右面はほぼ解読できそうです。
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1773

指宿の方々でも大和さぁ(久章公)が疱瘡の神様として勧請されてきた事実や
石碑が豊玉姫神社にあることをご存じの方はほどんといませんでした。
医学が進歩して神頼みをする必要が無くなったおかげで,
大和さぁもお役御免となって久しいのでしょう。
谷山でも昭和30年代までは疱瘡踊りが残っていましたが,
現在はすっかりなくなってしまいました。

ちなみに谷山の疱瘡踊りは
「服装は長着物、帯、白足袋、草履、手ぬぐい、右手に扇、御幣を持ち、
唄も踊りもゆるやかで優雅である。人数は二十数人、囃子は太鼓と三味線」
(谷山の歴史と文化)だったそうです。

唄の歌詞は以下のとおり
今年しやヨイヨイ サーヨイ年 おほそがはやる イヤかるいとかるいとな
おほそ神さんな おどいすきでござる イヤかるいとかるいとな
おどいおどれば おほそもかるい イヤかるいとかるいとな
稲の出穂よりも 見事にそろた イヤかるいとかるいとな
シメもおろさず も払いもいらず イヤかるいとかるいとな
さやが三尺 しげおが二丈 イヤかるいとかるいとな

入館証明スタンプ

無題
夏休み期間中,小中学生は入館料をいただきませんので「入場券」は発生しません。
ですので,宿題プリントの入場券の半券を貼る欄に
日付入りの入館証明スタンプを押しています。
来館の際は宿題プリントをお忘れなく!

(*この画像を印刷して添付したものを当館は入館証明として認めません)