タニヤマアートシーンの作家たち(14)

最終回となります第14回は、鹿児島県美術協会会長で谷山在住の祝迫正豊先生の作品を紹介いたします。

祝迫正豊「時の狩人、時空」
2024年 油彩/キャンバス

「時の狩人」シリーズとは、コロナ禍の中で感じた印象を錦江湾の上に浮かぶ「岩盤」で表現したことに始まるシリーズです。
 ある日ご自宅(錦江湾がよく見えるそうです)からの景色を眺めていたとき、錦江湾の上に巨岩が浮かんでいるイメージが頭に浮かび、コロナウイルス流行という未曾有の事態のなかで感じた事柄を描きとどめるべく制作を始めたそうです。
 コロナウイルスの流行の収束とともに画面にも変化がみられ、本作品では錦江湾や桜島の姿は見られないようです。かわって、「岩盤」と魚のフォルムをした「もや」という対照的なイメージのモチーフが描かれています。重量感のある岩盤と雲のように軽いもやが、ともに七色の光を帯びながら浮遊する、非日常的な世界観に鑑賞者が包まれていくような作品です。

タニヤマアートシーンの作家たち(13)

第13回は、ステンドグラス作家・田中千紘さんの作品「海の星」です。

 田中千紘「海の星」
2022年 ステンドグラス

田中千紘さんは教室開催とともに現代アートとしてのステンドグラス作品を南日本美術展等の公募展に出品するほか、霧島アートの森や南溟館などで積極的に作品発表を行っていらっしゃいます。
 本作品は枕崎のカトリック教会にインスピレーションを得て制作されたもので、タイトルは「海の星」という教会の別名に由来しています。
 ステンドグラス教室の生徒さんのつながりでミサに参加したところ、雰囲気や教会から見える海の景色の綺麗さに心を動かされ、制作に至ったそうです。
 花が咲き誇る丘の上に建てられた教会やオリーブの木を星空や海のイメージが取り囲み、天上から天使が見守るといった、小宇宙のようなスケールを感じさせる作品です。

 ステンドグラスの制作技法はケイム(溝のある鉛線)にガラスをはめ込む技法〈ケイム技法〉と、銅箔のテープをガラス側面に巻いてはんだ付けでつなぎ合わせる技法〈ティファニー技法〉の2種類がありますが、本作品は両方の技法で構成されています。円状の部分の内側がティファニー技法、その外側がケイム技法となっています。
 ティファニー技法の部分には、管状のガラスを刻んだものをガラス窯で焼いてつなぎ合わせたり、魚の形の金属パーツをガラスの中に焼き込んだりして制作されたオリジナルのガラスが散りばめられています。

タニヤマアートシーンの作家たち(11)

第11回は、谷山校区の学校に勤務されている先生の作品を紹介いたします。

田渕義弘「島の童」
FRP・合成漆

鹿児島市立谷山中学校教諭の田渕義弘先生は、日展・白日展で多数入選され、現在は白日会会友です。
本作品はタイトルのとおり、奄美大島の学校在任中に生徒をモデルとして制作された作品です。元気でおしゃべりな生徒だったそうで、作品もどこか喋りたそうな雰囲気です。中学生ならではの瑞々しい雰囲気や、モデルの真っすぐな内面まで伝わってくるような作品です。

タニヤマアートシーンの作家たち⑩

第10回は内山聡司さんの作品を紹介します。

内山聡司(渓山窯南州工房)「花詰文花瓶」(2021年)

内山聡司さんは1974年に開窯した「渓山窯南洲工房」の二代目窯主です。
絵付けを施した焼物の窯場の多くが分業制であるなか、成形(ロクロ・透かし彫り)から窯焚、絵付けまで全ての工程を一人で行う、県内では珍しい作家の一人です。
梅、椿、桜、花しょうぶ、蓮、菊、なでしこ、牡丹と四季の花々が散りばめられた精緻な花詰文様は、驚くべきことに絵付けの見本はなく、作家自身の頭の中のイメージをもとに展開されています。
江戸時代に専ら藩主専用品として焼かれていた頃の、金彩をふんだんに用いた繊細な文様で器全体を彩る、伝統的な白摩焼の上絵付のスタイルを継承した作品です。

タニヤマアートシーンの作家たち⑨

第9回は、谷山地域に窯を構える三反田豊さんの作品を紹介します。

左:三反田豊「彩象嵌・大地陽映」(2001年)
右:三反田豊「多面体裂文花器」(2020年)

三反田さんは1990年、染色家で奥様の登美子さんとともに「工房豊炎」を設立しました。
「彩象嵌・大地陽映」はビルがひしめく都会の風景が太陽で照らし出される風景を表現した作品です。風景を表現しているグラデーション状の繊細な線は、釉薬や絵付けではなく、象嵌(色の異なる粘土をはめ込む技法)によるものです。
三反田さんは県内における象嵌技法の第一人者で、線やマーブル状など多様な形・色合いの象嵌作品を制作しています。
また近年は、「多面体裂文花器」のような無機質なフォルムでありながらもどこか温かみのあり、角度によって様々な表情をみせる多面体の作品にも取り組まれています。

「TANIYAMA ART SCENE」の会期も、明日からの三連休を残すばかりとなりました。ぜひ、谷山の活気あふれるアートシーンを体感していただきたいです。

タニヤマアートシーンの作家たち⑧

第8回は、三反田 登美子さんの作品「静想」です。

三反田 登美子「静想」
2022年 綿/人工染料

月明かりの中、芽生えから立派な根に成長していく桜島大根の一生が桜島をバックに表現されています。
県外から谷山に移住されて長い年月が経つ中で、鹿児島らしい題材に取り組みたいと思い、アトリエからみえる桜島の景色と桜島大根とを組み合わせたそうです。
大根の周辺にはモンシロチョウが5匹舞っていますが、全部見つけられましたでしょうか?

 三反田さんは庭先の植物や野菜といった身の回りの植物を主なモチーフとし、ろうけつ染によってモチーフの造形美や生命力を表現されています(最近はカニもモチーフに加わりました)。
白地と染料の間の繊細なグラデーションは高く評価されており、このグラデーションのは数十回以上も防染・染色作業を繰り返すことで生み出されています。

タニヤマアートシーンの作家たち⑦

第7回は、鹿児島市立西紫原中学校教諭の吉村 英彦先生の作品「INSPIRATION(L)」です。

吉村 英彦「INSPIRATION(L)」
2023年 アクリル/キャンバス

 本作品では、音楽家が創造的な活動に勤しむ中、突然良いアイディアが閃いた瞬間が描かれています。
 右側にグラスを持った手が描かれているように、いきなり湧き出たアイディアを形にしていこうとする音楽家の情熱と緊張感が、鮮やかな色彩で覆われた躍動感あふれる身体や周辺の紫色の絵具のにじみ、そしてメロディーを描くかのように空中を舞う鍵盤によって表現されています。
 なおタイトルに「(L)」とあるように、本来は2枚で一組の作品となっています。両方の作品を並べると、演奏者が背中合わせで同じ鍵盤の流れを紡いでいるような構成となっています。
 作家は長年にわたりピアノを弾く人物や音楽をモチーフに制作を行っています。大学時代からジャズを聴くようになり、制作時にBGMとしているうちに自ずとモチーフとするようになったそうです。
見えるはずのないメロディーが確かにそこに「ある」ことを感じさせる、音楽と美術という異なるジャンルが融合した作品です。

タニヤマアートシーンの作家たち⑥

第6回は、鹿児島県立開陽高等学校教諭の廣岡 謙一先生の作品「炎華(えんか)」です。

廣岡 謙一「炎華」
2017年 油彩/キャンバス

廣岡先生は長年にわたり、心象風景を円(まる)や渦巻のかたちで表現した作品を制作されています。また「炎華」というタイトルが示すように、本作品には植物的なイメージも込められています。
どこから見ても美しい構図となるように、360度キャンバスを動かしながら制作されたため、正面以外の方向からみても一味違った構図の渦巻の世界を楽しめる作品となっています。

躍動感のある線や鮮やかかつ深みのある色彩に込められた、作家さんの心の中の風景を自由に想像してみてください。

第2回ギャラリートークを開催しました

9月7日(土)、「TANIYAMA ART SCENE」第2回ギャラリートークを開催しました。
今回は鹿児島県美術協会会長・二科会会員の祝迫正豊先生にお話いただきました。

今回は画面構成の工夫や色調による効果、モチーフの描写方法の違いといった、作家ならではの観点から解説いただきました。
谷山在住の画家・児玉 光仙(こだま こうせん)(1921-2007)は、水墨画を思わせるダイナミックな線が印象的な作品(例:「暁の桜島」)で知られる一方で、「慕情(想)」のような、余白の白色からモチーフがぼんやりと浮かび上がるような、やや異なる画風の作品も残しています。
この作品について、先生は「余白の取り方がダイナミックな作品であり、画家にとっては描きこみをどこまでに留めるかの判断も難しいところ」と解説され、画家のバイタリティーが別の形で発揮された作品であることに気づかされました。

左:「暁の桜島」/右:「慕情(想)」

また、谷山在住の先輩作家の方々とのエピソードもお話いただきました。
一貫して裸婦をモチーフとした庵跡 芳昭(あんぜき よしあき)(1929-2016)は、ドーバー海峡にて版画家の浜田 知明(はまだ ちめい)(1917-2018)と知り合いました。後年浜田が来鹿した際に庵跡の自宅へ案内したところ、ユニークな歓迎を受けたそうです。

「時の狩人、時空」解説風景

ポスター掲載作品「時の狩人、時空」は、コロナという見えないものへの恐怖を感じていた時間を記録すべく制作を始めた「時の狩人」シリーズのなかでも、新たな展開を見せている作品です。複雑な形状をした重量感のある「岩盤」と、魚のようなフォルムの「もや」という対照的なモチーフが、七色の光を帯びながら宙に漂っています。
モチーフの持つ意味などについてわかろうと思いを巡らすより、画面の前に立って受けた印象を大切にして欲しいそうです。

祝迫先生ならびにご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

タニヤマアートシーンの作家たち⑤

第5回は、鹿児島県立開陽高等学校教諭の木下 天心(昭二)先生の作品
「或る日」です。

木下 天心「或る日」
2021年 油彩/キャンバス

 絡まり合った幹や気根(空気中の養分や水分を吸収するために出す根)が目を引く巨木は、「アコウ」というイチジク科の樹木です。よく似たガジュマルが種子島・屋久島を北限とするのに対し、アコウは西日本の温暖な地域でひろくみられます。
 本作では錦江湾沿いそびえ立つアコウの古木と乗り捨てられた自転車が描かれています。

 木下先生は20年以上にわたりガジュマルやアコウの木を描かれていますが、それ以前は「古い鎧」をモチーフとされていました。しかし、離島への異動により古い甲冑を取材するのが難しくなり、今後のモチーフについて思案していたところ、ガジュマルの木に鎧との意外な共通点を見出されたそうです。
 古い甲冑の空洞から今は亡き武将の身体の存在を感じ取ったのと同様に、ガジュマルの幹の隙間から寄生され枯れてしまった木々の存在を感じ取り、新たなモチーフとして描き始めたそうです。
 離島の学校を離れた後は、似た樹形のアコウがモチーフとなりました。また最近は湖の水面に映る木の影の表現に探究にも取り組まれています。