薩摩焼の香炉と香合展
金城次郎展 最終日でした
前畑省三氏『巴里展Part3』画集
3月20日(水)は開館・21日(木)は休館です
開花宣言
今日の事件簿
太郎太郎踊り、次郎次郎踊り
太郎太郎踊り
【開催地】 薩摩川内市高江町 南方神社
【指 定】 県指定無形民俗文化財
【開催日時】平成25年3月3日(日) 10:00
次郎次郎踊り
【開催地】 薩摩川内市久見町 諏訪神社
【開催日時】平成25年3月3日(日) 13:30
次郎次郎踊り
【開催地】 薩摩川内市水引町 射勝神社
【指 定】 薩摩川内市指定無形民俗文化財
【開催日時】平成25年3月3日(日) 13:50
薩摩川内市へ五穀豊穣と安産祈願のお祭り
「太郎太郎踊り」と「次郎次郎踊り」を見てきました。
3月3日に開催されたのは
高江町南方神社の「太郎太郎踊り」(鹿児島県指定無形民俗文化財)
久見町諏訪神社の「次郎次郎踊り」
水引町射勝(いすぐる)神社の「次郎次郎踊り」(薩摩川内市指定無形民俗文化財)です。
太郎太郎も次郎次郎も最初に神事が執り行われ
その後テチョ(父親)と息子が「うしょひいてけー」(牛を連れてこい)と掛けあいながら
田打ちと出産の喜劇を半分即興で演じます。
最後は籾種を撒き、それを頂いて帰る、
というのが大体の流れですが、それぞれ少しずつ違いがありました。
高江町南方神社の「太郎太郎踊り」は
地元の小学5〜6年生が田打ちの演じ、その後
オンジョ(祖父)とテチョ(父)と太郎(息子)と牛が登場。
なぜか最後に太郎が子供を産みます。
最後に籾種に見立てた玄米を神主さんが撒きます。
久見町諏訪神社の「次郎次郎踊り」は
オンジョではなくカカァ(母)が登場します。
子供はカカァが産み
最後に登場した演者たちが紅白の煎粉餅(いこもち)を撒きます。
水引町射勝神社の「次郎次郎踊り」は
地元小学生が葉のついた木枝で害虫を追い出すしぐさをします。
登場人物は、テチョ、牛、ハナドイ(牛の鼻もち)、モガオシ(牛の鋤押し)、ヨメジョ(嫁)。
終始無言で行われ、登場人物は白手拭いで覆面をしているのが特徴です。
男たちは観衆を害虫に見立て「トッゴロ」(火のついた丸太)で追い払います。
覆面の男がトッゴロを抱えて無言で追いかけてくるので、
大人でもちょっと怖いです…。
最後はヨメジョが出産し、籾種と落花生が撒かれます。
3月17日(日)には
いちき串木野市の羽島神社で太郎太郎踊りが奉納されるそうです。
石敢当
写真の石塔は「石敢当」(せっかんとう)といって
丁字路の突き当たりに立てられているものです。
邪気は障害物を飛び越えて真っすぐ進んで来ると信じられていて
塀を超えて家に飛び込んで来ないよう
邪気を左右に散らす‘魔よけ’として立てられるものです。
これは中国から来た風習のようで、沖縄と鹿児島に多く見られます。
本当に僅かではありますが全国で確認されていて
「石敢当」(1999年 小玉正任 著)によると
函館市高丘町のものが北限だそうです。
ここ谷山の麓辻之堂地区では
今でも丁字路の突き当たりに新築するお宅は石敢当を新設します。
形は台座がある自立式のものと塀にはめ込むタイプがあります。
区画整理で年々道路が新しくなっているので
残念ながら古い石敢当はどんどん姿を消してしまっています。
「石敢當の現況」(昭和58年 松田誠 著)によると
谷山小学校正門から当館の方(北)へ向って200mほど進んだ右手に
存在が確認されているのですが、現在その場所は駐車場となっており
すでに石敢当は撤去されています。
ちなみに、JR谷山駅近くの石敢当(画像の下段左)には「石散當」と刻まれています。
永田橋谷山駅
この辺りは谷山街道(指宿街道)と伊作街道の合流地点という場所柄
昭和30年代までは馬屋、荷馬車屋、馬蹄屋、鍛冶屋の並ぶ通りでした。
永田川で馬を洗ったり、馬蹄を交換したり、
荷馬車で山から木材や野菜を運んで来て
谷山駅で列車に積み込んだりと、ずい分と賑わっていたようです。
これは永田橋から川沿いにJR谷山駅へ向う途中にある春日神社。
2本の巨木は樹齢150年のクスノキと樹齢100年のタブノキで
市の景観重要樹木に指定されています。
この辺りもJR指宿枕崎線の谷山慈眼寺の高架工事に伴い
日々景観が変わっているので、そろそろ見納めかもしれません。
ちなみに永田橋は新しくなる前は太鼓橋だったので
女性が引く荷車はなかなか登れなかったそう。
そこで、近所の子供たちは荷馬車を押す手伝いをして
野菜や果物を駄賃として貰っていたのだそうです。
たくましい!














