
「夏季九華展」にご出品の作家、米倉秀紀先生による「浮世絵ワークショップ」を開催しました。

最初に浮世絵の基本を学んだあとは、それぞれの解釈で写楽の有名な大首絵(歌舞伎役者や美人の上半身を描いたもの)「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」を版画に。

参加者のみなさんは、学生さんも大人も夢中で制作に没頭し、個性豊かな素晴らしい作品に仕上がっていました。

米倉秀紀先生、参加者のみなさん、楽しい時間をありがとうございました!


「夏季九華展」にご出品の作家、米倉秀紀先生による「浮世絵ワークショップ」を開催しました。

最初に浮世絵の基本を学んだあとは、それぞれの解釈で写楽の有名な大首絵(歌舞伎役者や美人の上半身を描いたもの)「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」を版画に。

参加者のみなさんは、学生さんも大人も夢中で制作に没頭し、個性豊かな素晴らしい作品に仕上がっていました。

米倉秀紀先生、参加者のみなさん、楽しい時間をありがとうございました!

今年の当館の「ハトの日かごしま2026」(椋鳩十作品に親しむイベント)として
「薩摩ことばで楽しむかごんま昔ばなし」を開催しました。

演目は、
鹿児島の西田村に住む百姓の話「鼻取り地蔵」、鹿屋に伝わる「狩人と子の運命」の話。
そして、椋鳩十作品の「日高山伏物語」から
山伏どんとお隣の竹下どんのケチ比べ話「かなづち」、
谷山女子衆の魚売りのプライドをかけた話「飯盗人」。

そして、鹿児島のわらべ唄にあわせた指遊びや体操も!
昔ながらの鹿児島ことばは、とても耳に心地よく、ふるさとのことばの豊かさを再確認する機会となりました。
語り手は、久野千鶴さん(左)、久保山房子さん(右)

8月2日に開催されたギャラリートークには、当日ご都合のついた7名の作家さんが作品解説をしてくださいました。
トップバッターは米倉秀太郎(ひでたろう)先生。作品は油絵具とアクリル絵具のミクスメディア。それぞれの表現領域や特性についてお話くださいました。油絵具は光を複雑に反射し、アクリル絵具よりも透明感が出せるそうです。


秀太郎先生のお兄様にあたる米倉秀紀(ひでき)先生の作品は、「アキーラ」という絵具と油絵具のミクスメディア。このアキーラという絵具は油絵の具との相性がとても良く、乾いた感じを出せる絵具なのだそうです。
モチーフや画風で寂しさを描いていると思われがちですが、特定の感情を設定しているのではなく、自身が惹かれる人物像と、そのみずみずしさや存在感を描いているそうです。


本展では最年長(92歳)の御大、児浦純大(すみなが)先生が手に持っているのはマイクではなく「ペインティングナイフ」。愛用しているペインティングナイフを手にすると落ち着くので、いつも持ち歩いていらっしゃるそうです。
「ナイフだから、職質されるとまずいんだよなぁ」と冗談も飛び出しました。

出品されている「変形型水墨画」(児浦先生命名)は、30年ほど前から毎日のようにスケッチしている自身の心象風景をペインティングナイフを使ってネオカラー(水彩絵具)で表現したシリーズです。
作品にはそれぞれタイトルがついていますが、どれも心象風景なので、何に見えるかは鑑賞者に委ねたい、とこのこと。皆さんはどのような印象を受けたのでしょうか。

旅行がお好きな日本画家の西村康博先生は、訪れた旅先の思い出を記録するように作品に描いているそうです。フランスのモンサンミッシェルを描いた作品には金箔が貼られていますが、金箔一枚のお値段を聞いて、会場の皆さんもビックリ!さらに使用している枚数を聞いてさらにビックリ!表現の追求も大変なご時世です。

米倉秀一先生(油絵)は本展開催の立役者でもありますので、作品解説の前に、開催までのいきさつや、先生方との思い出話しをしてくださいました。
日常風景に身近な人物(家族)を落とし込むことで、人生のある瞬間を記憶としてとどめるよう作品を描いていらっしゃるそうです。
また、半世紀ちかく薩摩焼を蒐集されていて、今回は特別に西餠田系元立院窯の黒釉筒花生シリーズを焼物展示室に展示させていただいています。
ぜひ併せてご覧下さい。


書家の永野青邑(せいゆう)先生は、「書」は日本、中国、韓国にあるが、日本は「書道」で国語の授業で習う、中国は「書法」といい古典として習う、韓国は「書芸」といい美術の授業で習うことを教えてくださいました。

さらに、作品制作で使用している筆や硯など貴重な道具をお持ちくださり、来館者が実際に手に取ることができるという、大変貴重な体験をさせてくださいました!


ギャラリートークのとりを務めてくださったのは、本展で唯一の立体作品を出品くださった彫刻家の福元修一先生です。
「石」という無機質な材料で「崖」のような無機質なモチーフを作るより、有機的なモチーフ「花」や「人物」など作品にする方が難しいとのこと。無機質な石材を用いて有機的な対象をかたちづくる行為は、素材と生命のあいだに横たわる隔たりを作家自身の感覚によって橋渡しする試みでもあり、最終的にいろんなものがそぎ落とされ、純粋に自分自身の痕跡が作品に定着する感覚なのだそうです。


ギャラリートーク終了後は、作家さん、来館者の皆さんでそれぞれの作品について話が尽きず、閉館時間まで賑やかな一日でした。
